古代マケドニア王国 マケドニア&ギリシャの旅①
国名を変えた国
2017年10月、マケドニア・ギリシャ旅行。ギリシャは2度目になる。
ギリシャの北に位置するマケドニア共和国は、1991年旧ユーゴスラビア連邦から独立した。ところが、ギリシャとの間に国名論争が生じ関係が悪化。
この問題は長期に渡る交渉を経て、2019年2月にマケドニアが「北マケドニア共和国」に国名を変更し決着した。
国名問題になった理由として、
古代マケドニア王国は、現在のギリシャ北部・ブルガリア・アルバニアの一部も含んでいた。その割合はギリシャが約5割に対して北マケドニアは約4割。また、首都を始め主要都市が現ギリシャにあった。
北マケドニア共和国はスラブ系民族が多数を占めるのに対し、古代マケドニア王国はギリシャ語を話す民族だったようだ。
このように地理的及び歴史的継承性におけるギリシャ側の反対理由がある。国家間のことは複雑で難しい。
マケドニア王国というと、私の中では「アレキサンダー大王の国、アレキサンダー大王が東方遠征し領土を広げた」くらいの知識しか持っていなかった。それだけに、この小さな国への旅は興味深く楽しみだった。
首都スコピエの主な見所を徒歩で巡る。「政府機関の建物」↓
この通り沿いや近辺には、政府機関の建物が沢山ある。ずらりと並んでいるのは、マケドニア国旗。
斬新なデザインの「中央郵便局」。
スコピエはヴァルダル川によって旧市街と新市街が分かれているようだ。ここから川を渡る。
橋の袂に立つライオンの像。
ヴァルダル川北岸の小高い丘の上に「スコピエ城塞」が見える。城塞の上からスコピエの街が一望できるそうだ。
この後、「オールド・バザール(スタラ・チャルシャ)」へ向かう。
「オールド・バザール」は、オスマン帝国時代の雰囲気を残す古い街並み。マケドニアは、500年もの長きに渡ってオスマン帝国の支配を受けた。かつてはバルカン半島最大のバザールだったそうだ。バザールといっても小さな店が並ぶ商店街のようだ。
丸い屋根のハマム(トルコ風公衆浴場)。現在はハマムとしては使われていない。
「ムスタファ・パシナ・ジャミーヤ」(モスク)のミナレット(塔)が見える。私達はそこまで行かなかったが、このモスクはマケドニアに現存するモスクの中でも最高級の美しさを誇るそうだ。
オールド・バザールには、隊商宿だった建物もある。「カパン・アン」↓
「スリ・アン」↓
スコピエに行って先ず気付くことは、やたらと銅像やモニュメントが多いこと。
アレキサンダー大王(アレクサンドロス)の父「ピリッポス2世の像」↓
この広場の周囲は新しい建物が多い。
後ろに「Stone Bridge(カメン・モスト)」が見える。この後、この橋を渡ってマケドニア広場へ向かう。この石橋はオスマン帝国時代に建設された。スコピエの象徴とされている。
橋の左右に偉人象がずらりと並ぶ、この橋を渡った先は「国立考古学博物館」。
スコピエの中心「マケドニア広場」にある「アレキサンダー大王の騎馬像」。
この広場は、1991年にユーゴスラビア連邦からの独立宣言を行った場所として有名。
広場から歩いて「マザー・テレサ記念館」へ。
インドで活躍したマザー・テレサ、彼女の出身がスコピエだということをこの旅で知った。アルバニア系カトリックの家庭に生まれ、18歳までこの地で過ごしたそうだ。この記念館の近くに生家跡がある。記念館の2階にマザー・テレサに関する写真や身の回りの品が展示されている。3階は礼拝堂。
この街は主な見所を徒歩で見て周れる程こじんまりした首都だ。オールド・バザールのように古い街並みが残っているかと思うと、真新しい白亜の建物がずらりと並ぶ地区がある。新旧がはっきりしている、そんな街だ。
1963年に大地震があったこともそのような街の景観をつくり上げた要因だろう。この震災後、スコピエの街の都市計画に日本の有名な建築家丹下健三氏が関わったそうだ。
また、多民族国家である北マケドニア共和国は、常に周辺列強国の支配を受けてきたため様々な文化の流入が見られる。キリスト教会があったりイスラム教のモスクがあったり互いに共存している。
マケドニアの2日目は、アルバニアとの国境に接するオフリドへ。
オフリドには、アルバニアとの両国に跨る「オフリド湖」がある。湖畔にあるオフリドの街は、中世に聖クリメントと聖ナウムが布教活動を行い、以来スラブ世界におけるキリスト教文化の中心地として栄えた。
朝、ホテルの部屋から撮った美しいオフリド湖。対岸はアルバニア?
オフリドの広場にある「聖クリメント像」↓ クリメントはキリルとメトディオス兄弟の弟子。「キリルとメトディオス兄弟」はキリル文字の考案者として有名だ。
オフリドの街並み。石畳が美しい!
オフリド旧市街にある丘の麓に建てられたオフリドを代表する大聖堂「聖ソフィア聖堂」。内部は撮影禁止。
オスマン朝時代にはイスラム寺院に転用され、内部のフレスコ画は塗りつぶされた。後の復旧作業によりフレスコ画は再びその姿を現している。
これはビザンティン時代の遺構。
次に向かったのは、湖畔の丘の上に建つ「聖ヨハネ・カネオ教会」。途中、碧く美しい湖を見下ろす。
この猫ちゃんは、いつも綺麗な景色を見られていいね!
少し高い所から見下ろした「聖ヨハネ・カネオ教会」。絵になる風景だ。
オフリド湖のクルーズ。湖上から教会を望む。
丘の上に「サミュエル要塞」がそびえる。この要塞は、ブルガリアの皇帝サミュエルがオフリドを首都に定めた際に建てられた。
オフリド湖を始めとする美しい自然環境と往時の繁栄を物語る教会群などの文化遺産は、ユネスコ世界遺産の複合遺産に登録されている。
翌日はギリシャへ移動。